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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)77号 判決

原告

東京芝浦電気株式会社

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和43年4月9日同庁昭和39年審判第3370号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1. 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和34年12月22日「カラー受像管」に係る発明について特許出願をしたが、昭和37年11月12日に分割出願をしたところ、昭和39年5月29日拒絶査定がなされた。原告は、同年7月13日拒絶査定不服抗告審判を請求し、昭和39年審判第3370号事件として審理されたが、特許庁は、昭和43年4月9日「本件抗告審判の請求は成り立たない」との審決をなし、その謄本は、同年5月25日原告に送達された。

2(1) 本願発明の要旨

シヤドウマスクをそなえたフエースプレートと内壁に加速電極を被着したコーンと、前記フエースプレートとコーンとを封着する半田ガラスと、前記フエースプレート側においてそのシヤドウマスクに電気的に接続するように固定され前記半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れて前記加速電極に接触する弾性接続導片とを具備して、前記弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁するようにしたカラー受像管。

(2) 特許請求の範囲の訂正案

シヤドウマスクを装着する支持用突起を内壁に備えたフエースプレートと、このフエースプレートの端面に半田ガラスによつて封着され、内壁に被膜加速電極が被着されたコーンと前記フエースプレート側においてそのシヤドウマスクに電気的に接続するように固定され、前記フエースプレートと前記コーンとの両端面間に分布する前記半田ガラス部をまたぎ、且つこれと離れて前記加速電極に接触する弾性接続導片とを具備し、前記加速電極は前記コーン内壁の環状領域から封着端面方向に延長して塗布され、一方前記フエースプレートには前記支持用突起を取り囲む領域を含んで導電性被膜を塗布し、且つ前記加速電極並びに導電性被膜の環状端縁部を前記半田ガラスから離隔したことを特徴とするカラー受像管。

3. 審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項掲記のとおりである。これに対し、特公昭36―14423号公報(以下「引用例」という。)の発明は、パネル側に該パネルの内部導電性被膜と電気的に接続するスプリングを取付け、パネルをフアンネルに突合わせる際にこのスプリングをフアンネル内部導電性被膜に圧接せしめ、以てパネルおよびフアンネルの内部導電性被膜を相互に電気的に接続せしめたことを特徴とするシヤドーマスク型カラー受像管における内部導電性被膜の接続方法に関するものであると認められる。

(2)  ところで引用例の発明における発明の名称と特許請求の範囲のそれぞれの記載は、シヤドーマスク型カラー受像管における内部導電性被膜の接続方法とあるから、引用例の発明は方法の発明に関するものと認めることができるが、一方、明細書の記載全体を見ると、工程の順序を問題とするような特長点が格別認められず、また効果についても、その第1、第2点と挙げていることは受像管そのものの効果と認められるので、引用例の発明は受像管の物の発明であるとも認定できる。そこで、この観点に立つて両者を比較してみる。

後者における「パネル」が前者における「シヤドウマスクをそなえたフエースプレート」に、後者の「フアンネル」が前者の「内壁に加速電極を被着したコーン」に、後者の「パネル側にパネルの内部導電性被膜と電気的に接続するスプリング」が前者の「フエースプレート側においてそのシヤドウマスクに電気的に接続するように固定された弾性接続導片」に、後者の「パネルをフアンネルに突合せる」が前者の「フエースプレートとコーンとを半田ガラスで封着する」に、後者の「スプリングをフアンネル内部導電性被膜に圧接せしめ、以てパネルおよびフアンネルの内部導電性被膜を相互に電気的に接続せしめ」が前者の「加速電極に接触する」にそれぞれ対応し、それらの対応点は、シヤドーマスク型カラー受像管における当業者ならば互いに同一事項を意味することが理解できる程度のことと認められるので、結局、本願発明は、弾性接続導片を「半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れて」加速電極に接続することと「弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁するようにした」ことという構成要件を具備する点において引用例の発明と相違するものと認められる。

しかしながら、本願発明における弾性接続導片が、「半田ガラスをまたぎ且つこれと離れること」についてみると、それは発明の目的から考え、製造工程上の必要性から内部導電性被膜を良好に接続するため「弾性」接続導片を使用したのであつて、その導片が半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れることは弾性接続導片を使用したことによる当然の事項を単に記載しているにすぎないと認められる。また、弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁することも上記の半田ガラスをまたぎ且つ、これと離れる構成としたための当然の結果と認められる。

なお、審判請求人は半田ガラスと内部導電性被膜が本願発明においては接触せず離隔しているのに対し、引用例はそれが接触しているため、本願発明においては半田ガラスに高電圧が印加されないから放電による半田ガラスの破壊は完全に防止できると主張するが、本願発明における「接触せず離隔している」という表現は定性的なものであつてその程度が明瞭でないことと、引用例において図面上接触しているごとき記載があつても、従来からのカラー受像管製造技術上の常識からみて半田ガラスと内部導電性被膜とは接触させなければならない理由が存在せず、また半田ガラスによる封着部分は封着不良を起さないような処理を施していることは当然であること(これは雑誌「三菱電機」第33巻第8号臨時増刊―昭和34年8月発行―1~6頁にも記載してある)から判断すると引用例の第1図、第2図においても、従来の受像管は半田ガラスと内部導電性被膜とが接触せず離隔していたのであつて、この点において審判請求人の主張を採用することができない。

(3)  一方また、本願発明については明細書の記載全体を見ると、そこには受像管製造工程上の欠点を除去することも発明の目的とするような記載があり、したがつて「何ら加熱することなく容易に加速電極とシヤドウマスクとを導電的に接続することができ」という方法としての効果も生じていると認められるので、本願発明は受像管における内部導電性被膜の接続方法であるとも認定できる。この観点に立つて両者の構成要件を比較してみると、上記の相対比した点で対応し、対応点はいずれも当業者が互いに同一事項を意味することが理解できる程度のことであり、また、本願発明と引用例とのその他の構成上の差異も前記のとおり発明を構成するものとは認められない。したがつて受像管における内部導電性被膜の接続方法という点から両者を比較しても、両者は同一発明であると認められる。

結局、両者の構成要件を物の発明あるいは方法の発明のいずれの観点から比較してみても、結論は同一となるので、両者は発明思想上実質的に同一であるとするのが妥当と認められる。

(4)  なお、審判請求人は当審において明細書の訂正案を提出しているが、その記載中、本願発明の特長としている「加速電極はコーン内壁の環状領域から封着端面方向に延長して塗布され、一方フエースプレートには支持用突起を取り囲む領域を含んで導電被膜を塗布し、かつ、前記加速電極ならびに導電被膜の環状端縁部を半田ガラスから離隔したこと」については、上記した理由によつて採用できない。したがつて、この訂正案のとおり明細書を訂正しても本願発明が前記引用例の発明と異なる発明を構成するに至るものと認めることができないから、かかる訂正を命ずる必要を認めない。

(5)  したがつて、本願の発明は引用例の発明と同一であり、請求人は最先の出願者ではないから旧特許法第8条の規定により、特許を受けることができない。

4. 審決取消事由

審決には次のような違法があるから取消さるべきである。

(1)  審決は、本願発明における弾性接続導片が半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れることは弾性接続導片を使用したことによる当然の事項を単に記載しているにすぎず、また、弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁することも上記の半田ガラスをまたぎ、且つ、これと離れる構成としたための当然の結果であると認定したが、これは誤りである。

(1)’ 弾性接続導片の「またぎ且つ離れる」との限定要件について

フエースプレートのシヤドウマスクとコーンの内部導電性被膜を接続するために弾性接続導片を用いた場合、フエースプレートとコーンとの接合面より半田ガラスはやや突出する状態となるので、弾性接続導片の形状のいかんによつては半田ガラスと接触する状態となるものである。したがつて、「またぎ且つ離れる」とする限定は当然の事項の記載ではなく、本願発明において必要かつ重要な要件である。

これに対し、引用例にあつては、弾性接続導片を使用することは示されているが、この弾性接続導片を半田ガラスに対していかなる条件のもとに設定するかは全く考慮されず、またその点に対する作用効果も追求されていない。

(2)’ 弾性接続導片と半田ガラスとの電気的絶縁について

弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁することは本願発明の目的を達成するための手段であつて、半田ガラスをまたぎ且つこれと離れる構成としたための当然の結果ではない。本願発明は、高圧導電部を半田ガラスから隔離するために、弾性接続導片を前記の構成とし、かつ、メタルバツクおよび加速電極と半田ガラスとの間に充分な間隔を設けるものである。このようにしてこそ半田ガラス部に18kvないし25kv程度の高電圧が印加され絶縁破壊が生ずるのを防止することができる。

本願発明の特許請求の範囲には、半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れる弾性接続導片が半田ガラスと電気的に絶縁するようにした構造が示されているから、このことは、その反面として、半田ガラス部と導電性被膜とは接触していないことを意味する。本願発明の発明の詳細な説明においても、添付図面中の第3図においても、このことは明示されている。すなわち、発明の詳細な説明には、半田ガラス部分の上に黒鉛被膜を塗布する従来技術が示され、半田ガラスは耐電圧が低く絶縁破壊を生じるおそれがあるので、これを改良するため本願発明がされたものであつて、弾性接続導片をして「半田ガラスをまたぎ、且つこれと離れて加速電極に接触せしめたもので、図示の如く半田ガラスと電気的に絶縁するようにする」と述べられ、図面を援用して、半田ガラス部と導電性被膜との接触がないことを明確にしている。また、これに続く文中においても、本願発明の構成が「半田ガラスに接触することが防げるから半田ガラスの絶縁破壊を防止」することを可能ならしめることを明らかにしている。

(2)  審決は、引用例において図面上接触すべき記載があつても、従来のカラー受像管製造技術上の常識からみて、半田ガラスと内部導電性被膜とは接触せず離隔していたとしているが、この認定は誤りである。

(1)’ 審決が従来の受像管の製造技術として挙示する雑誌「三菱電機」第33巻第8号臨時増刊―昭和34年8月発行1頁から6頁までの記載をみても、この記載はむしろ封着面に油その他が付着し、機械的な封着不良を生ずるのを防止することについてのものであつて、本願発明のように絶縁破壊防止のためのものではない。したがつて、かかる記載から当然に半田ガラスと内部導電性被膜との間に充分な間隔がとられていると断定することはできない。また本願発明において電気的絶縁というのは封着後の状態において半田ガラス部分に導電性被膜を有しないことを意味するのであるから、封着に当つて、封着部分に封着不良を起さないような処置をとるからといつてそのことの故に電気的絶縁が当然のことということはできない。しかもそれはいずれも封着後に半田ガラス部分にさらに導電性被膜をネツク開口から筆をさし込んで塗着することによつて電気的に接続するという従来法を示すものであるから、封着部分は別として、フエースプレートとコーンとの両者の内部導電性被膜はなるべく接近している方がむしろより望ましいのである。そうすると、引用例の添付図面第1図、第2図に内部導電性被膜が半田ガラスに接触したものが示されているにかかわらず、前記のような断定を下すことは事実を無視するものといわなければならない。

(2)’ 審決は、同一発明を理由とする拒絶理由に公知資料を織り込んでよいとの考え方をとるようである。しかしながら、技術内容を同じくする出願が相次いでなされた場合、先願の方に軍配を挙げようとするのが、先後願の場合の法律関係を律する基本的な考え方である。そうだとすると、引用例には、導電性被膜が半田ガラス部に接触しているものが示されているのに、他の公知資料を挙げて、本来これは離れていたはずである旨を説示するのは、それ自体矛盾しているばかりでなく、引用例に示されていない技術内容を取り込んで、先願と同一発明であるとするもので、上記の基本的な考え方に反し許されないといわなければならない。

(3)  審決は、「両者の構成要件を物の発明あるいは方法の発明の何れの観点から比較して見ても、結論は同一となるので、両者は発明思想上実質的に同一であるとするのが妥当と認められる。」と述べている。しかしながら、両者は構成も作用効果も著しく相違する。

(1)’ 弾性接続導片に対応する「スプリング」が引用例の図面に示されていることは否定しない。しかし、引用例には本願発明における「またぎ且つ離れる」という限定は示されていないから、単にスプリングがあるとしても、そのことの故に、ここで条件を限定した意味を無視すべきではなく、引用例にこの条件をも当然に含むと解すべきではない。

また、引用例においては電気的絶縁ということは全く考えられていない。前述のように、その図面に示されたところからみても導電性被膜は半田ガラス部に接触しており、スプリングはいわばバイパス的な役割以上のものは期待されていない。これに対し、本願発明は、明らかに弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁することを意識し、そのことを特許請求の範囲に明示しているのである。

(2)’ しかも、引用例に示されたところは、従来法では半田ガラスによつてフエースプレートとコーンとを封着したのち、この半田ガラス部分に導電性被膜を塗着するのであるが、封着後はネツク開口から筆をさし込んで行なう以外には方法がなかつたものを、スプリングを利用して、封着後の塗布工程を省略するという点にあり、これによつて製造方法の簡略化をねらいとしたものである。その際、導電性被膜が半田ガラス部に接触していても(このことは図示されている。)、何ら差支えないし、接触させないとの限定はない。これに対し、本願発明は、単に封着後の塗布工程の省略というだけでなく、導電性被膜が半田ガラス部に接触しないようにするという引用例には示されていない点を提案している。すなわち、電気的絶縁が破壊されるのを防止するという引用例においては意識されなかつた別個の目的を有し、これによつてカラー受像管の性能を飛躍的に向上させ、その応用範囲を広くしたものである。本願発明は、半田ガラス部における絶縁破壊を完全に防止することを目的としたもので、受像管の製造工程における不良品の発生の防止、受像管自体の寿命の延長を図ることができ、さらには高電圧をも使用しうる途を開くことにも貢献しうるものである。

(3)’ 引用例は、その発明の名称が示すように、「シヤドーマスク型カラー受像管における内部導電性被膜の接続方法」という方法に関する発明である。これに対し本願発明は特定の構造を有する「カラー受像管」という物に関する発明である。したがつて、両者は形式的にみて物に関する発明と方法に関する発明との相違がある。しかも、現行特許法でもこの物と方法とは明らかに別個の概念として規定されているのであるから(特許法第2条第38条参照)、特段の事由がない限り、この両者を同じ発明の概念のうちに取り込むことはできないといわなければならない。しかし、この点はさておくとしても、引用例はパネルおよびフアンネルの内部導電性被膜をスプリングを介して相互に電気的に接続せしめる方法に関するものであるが、本願発明は両者の内部導電性被膜をスプリングを介して相互に電気的に接続させる技術に関連して半田ガラスの部分をどのように構成したらよいかという構造に関するのであつて、単にスプリングによつて両者を接続させることとは、その指向する観点を全く異にしているのである。換言すれば、引用例はもつぱらパネルとフアンネルの両者を電気的に接続させることを課題として取り上げ、本願発明は半田ガラス部を導電性被膜から電気的に絶縁させるための構造いかんという点を課題として取り上げている。したがつて両者は発明として評価する限り、全く別個のものといわなければならない。さらにいうならば、本願発明は電気的接続についての技術だけのものではなく、電気的絶縁のための技術であるが、引用例にとつては電気的絶縁の問題は全く無縁の技術であり、本願発明に示された構造をとるかとらないかは引用例にとつては関心外のことに属するのである。

第3被告の答弁

1. 請求原因第1項から第3項までの事実は認める。

2. 同第4項は、次のとおり争う。

審決は正当であつて、原告主張のような違法はない。

(1)(1)’ 弾性接続導片(スプリング)の「またぎ、かつ離れる」との限定は、スプリングを使用すれば当然に帰着する形態を表わしたものにすぎない。すなわち、半田ガラスは管の内方にやや漏出するのが実情であるから、もしその漏出した半田ガラス部分と弾性接続導片が接触すれば、コーン部分の内部導電性被膜に導片が良好に接触できるはずの圧力が弾性接続導片の先端に得られなくなることはバネ(弾性片)の特性として当然のことである。ところが、内部導電性被膜(加速電極)に接触するという弾性接続導片の使用目的は、当然に加速電極に十分に接触させることである。したがつて、当業者ならば被膜に接触する圧力を弱める作用をもたらす物が弾性接続導片附近に存在しないよう、すなわち、弾性接続導片の圧接する側には導片と触れる他の物がないように留意して、半田ガラスと離して弾性接続導片を使用することが当然の措置である。スプリングを用いる場合、その形状を半田ガラスと接触するよう設計することは、技術常識上到底考えられないことであつて、このことは、引用例記載のスプリングも「またぎ且つ離れる」構成となつていることからも容易に首肯されるところである。

(2)’ 本願発明の明細書をみると、スプリングと半田ガラスとを電気的に絶縁する手段としてスプリングが半田ガラスをまたぎ且つこれと離れるようにすること以外は、何も記載されていない。もつとも、添付図面の実施例に導電性被膜と半田ガラスとが離れた構成が示されているが、明細書には「図示の如く半田ガラスと電気的に絶縁するようにする。」との意味のあいまいな記載があるのみで、導電性被膜と半田ガラスとを離すことについては全く記載されていないから、かような構成を本願発明の要件とは認めがたい。したがつて、「電気的に絶縁する」とは、審決のいうように半田ガラスをまたぎ且つこれと離れる構成をしたための当然の結果であるというべきである。

なお、本願明細書中に「又半田ガラスに接触することが防げるから」という記載があるが、これとても何が半田ガラスに接触するのを防ぐのか不明であるばかりでなく、その前の文章から続けて読むと、スプリングが半田ガラスをまたぎ、かつ、離れているので、スプリングが半田ガラスに接触するのを防ぐのである、としか読みようがない。

(2) 雑誌「三菱電機」3巻8号臨時増刊―昭和34年8月発行―1頁から6頁までは、封着に当たつて、封着部分に封着不良を起さないよう処置をとることが、封着部分の機械的強度のみならず、漏洩の防止、すなわち、電気的絶縁の保持のためであることを示している。そうすると、封着後に高電圧が加えられる導電性被膜から封止部すなわち半田ガラス部に電流が流れないように、いいかえると導電性被膜と半田ガラスとが電気的に絶縁状態にあるように、封着に当つて細かい注意が払われており、それによつて一応その目的を達していたということができる。

また、受像管の両ガラス部分の内部被膜を電気的に接続するまでは、被膜と半田ガラスが挿入される部分とが離れているのが公知技術であつた。前記「三菱電機」の記載はこのことを証するものである。そうだとすると従来は両ガラス部分の被膜と半田ガラス部を導電性被膜で覆うことにより接続するのを常としていたから、その接続用導電被膜によつて半田ガラスと最終的には接触状態となるのは当然であるが、引用例のように接続用導電被膜の代わりにスプリングを用いて接続する構造のものにあつては、当然被膜は半田ガラスと離れたままとなるのである。

(3) 引用例との対比について

(1)’ 引用例に「またぎ、且つ、離れる」との限定がなくても、引用発明を実施する際には、スプリングは技術常識上必然的に「またぎ、且つ、離れる」という形態をとらざるをえないから、この限定は、いわば自明の限定にすぎず、発明の異同の判断に当たつては無視して差支えないものである。

(2)’ 引用例が「電気的絶縁」を全く考えていないというのは誤りで、引用例でも半田ガラス部が絶縁破壊を起してよいわけはない。ただ、従来通常の動作状態では絶縁破壊が起こらなかつたので、問題として取上げる必要がなかつたからにほかならない。したがつて、引用例において被膜が半田ガラスに接触するよう図示されているからといつて、電気絶縁を度外視していると断ずるのは早計である。

(3)’ 物の発明と方法の発明とが単に表現上の差異を有するのみで実質的に同一の技術思想を有する場合に、両者を同一の発明と認めうることは、幾多の判例の説示するところである。

発明の異同を判断するため、各発明の要旨を認定するに当たつては、その明細書を基礎とすべきことは、もちろんであるが、出願時の技術水準を参照することによつて有力な認定の手がかりを得ることがある。けだし、特許請求の範囲が明確に記載されていてその解釈に疑問の余地がないときは、出願時の技術水準を参照する必要はないであろう。しかし、特許請求の範囲の内容がその文言だけからは判断しかねる場合には、出願時の技術水準を参照し、その発明の真の狙いが出願時に何処にあつたかをつきとめることが要求される。これは、特許侵害事件において、特許発明の技術的範囲を認定するのに、出願時の技術水準を参照することがあるのと同じである。これを本件についてみれば、被膜を半田ガラスと隔てて被着すること自体が公知であるから、引用例も本願発明も、特にその点を問題にしたものではないと認められるのである。

第4証拠

原告は、甲第1号証から第12号証まで(ただし、第1号証および第11号証は各1から5まで、第10号証および第12号証は各1、2)を提出し、乙各号証の成立ならびに同第3号証および第4号証の各1、2、3、第5号証の各原本の存在を認めると述べた。

被告は、乙第1号証から第5号証まで(ただし第2号証は1、2、第3号証および第4号証は各1、2、3)を提出し、甲各号証の成立ならびに同第1号証の1から5までの各原本の存在を認めると述べた。

理由

1. 請求原因第1項から第3項までの事実は、当事者間に争いがない。

2. そこで、審決取消事由の有無について判断する。

(1)  弾性接続導片が半田ガラスをまたぎ且つこれと離れるとの構成について

(1)’ 成立に争いのない甲第2号証によれば、本願発明において弾性接続導片とは、フエースプレートに装着したシヤドウマスクに電気的に接続するように固定され、フエースプレートとコーンとを封着する半田ガラス部をまたいでコーンの内壁に被着した加速電極(内部導電性被膜)に接触し、シヤドウマスクを加速電極に電気的に接続するためのものであること、そして弾性接続導片の加速電極への接触による電気的接続とは、機械にみれば弾性接続導片の加速電極への弾性による圧接であることが明らかである。したがつて、弾性接続導片の加速電極への良好な電気的接続を形成させるためには、その圧接が阻害されることのないように弾性接続導片が構成されるべきことはいうまでもない。もし弾性接続導片がフエースプレートとコーンとを封着する半田ガラス部に接触するように構成されたとすると、半田ガラス部が弾性接続導片の中間を加速電極への圧接方向とは逆方向に押圧し、弾性接続導片の加速電極への圧接を阻害することはその構成上明らかであるから、弾性接続導片を半田ガラス部に接触させないように構成することが当然の措置と解される。してみると、半田ガラス部を中においてシヤドウマスクと加速電極とを電気的に接続するため弾性による圧接を利用する弾性接続導片を用いた場合、弾性接続導片に対する「半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れる」という構成は、必然的に採らざるを得ない構成ということができる。

(2)’ また、一般に二部材が空間を介して離れていると電気的に絶縁されるものであり、本願発明においても弾性接続導片を「半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れる」ように構成すれば、その結果当然に、電気的には弾性接続導片と半田ガラス部とを絶縁することになることは明らかであるから、「弾性接続導片と半田ガラスとを電気的に絶縁する」とは、弾性接続導片を「半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れる」ように構成することを単に電気的にいうものにほかならない。換言すれば、弾性接続導片を「半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れる」構成にしたための当然の結果を単に電気的に表現したにすぎないものということができる。

(3)’ 成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例の金属スプリングには「半田ガラス部をまたぎ且つこれと離れる」との文言上の限定はなされていないことが認められる。しかしながら、この限定は前述のごとくシヤドウマスクと加速電極との電気的接続部材として、弾性接続導片(金属スプリング)を用いた場合の弾性接続導片(金属スプリング)の必然的な構成であるから、引用例の金属スプリングにも当然これと同じ限定があるものといわざるをえない。したがつて、この点に関する構成は本願発明のものと実質上同一であるということができる。

(2)  半田ガラスと内部導電性被膜とが接触せず離隔しているとの構成について

(1)’ 成立に争いのない甲第5号証によれば、雑誌「三菱電機」第33巻第8号には、「内塗の終つたフアンネルはその封止部を糸くずの出ないように布にアルコールまたはアセトンを浸みこませて油、アクアダツクおよび指紋などを十分除去しておく」(5頁左欄1~9行)、「このフリツト塗着の良不良はすぐに次のフリツト封止の良否に影響するもので、封止部の漏洩などの事故を起きないよう異物の混入は絶対にさけ塗着面が一様になるよう十分修正を行う必要がある。」(5頁左欄17~20行)、および「この前後の作業でフリツト表面がよごされないよう注意する必要がある。」(5頁左欄23~24行)という記載があることが認められる。これらの記載によれば、従来のカラー受像管の製造においても、審決のいう「封着不良を起さないよう処理」、すなわち、封止部の漏洩などの事故を起さないようフリツト(半田ガラス)に異物の混入を絶対にさけるため、パネル(フエースプレート)とフアンネル(コーン)の封止部における油、アクアダツク(内部導電性被膜)および指紋などの十分な除去などの処理がなされていたものと認めることができる。ところで、フエースプレートとコーンを半田ガラスで封着するとき、半田ガラスは、封着処理時に加熱溶解されるので、両者の封着端面にのみ納まるものではなく側方へ突出し、(このことは、原告も認めるところである)そのためフエースプレートおよびコーンの内外壁面上へも溢出し、異物の混入による封止部の漏洩などの事故の発生の危険を冒すことになることが明らかである。したがつて、前記の「封着不良を起さないような処理」の中には、フエースプレート及びコーンの封着端面のみでなく、半田ガラスに異物が接触し混入しないように、その近傍にある内壁面のアクアダツク(内部導電性被膜)等の異物を除去することをも当然に含むものと解するのが相当である。そうだとすると、従来のカラー受像管の製造における技術上の常識として、フエースプレートとコーンとを封着する際、半田ガラス部と内部導電性被膜は接触せず離隔するように構成されていたものと推認することができる。

(2)’ ところで、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例は金属スプリングによつて、パネル(フエースプレート)とフアンネル(コーン)を半田ガラスで封着する際、両者の内部導電性被膜の電気的接続を自動的に完成させ、従来技術における封着後の両内部導電性被膜の切れ目に導電性被膜を塗布する必要をなくすることを課題としたもので、半田ガラスと内部導電性被膜との関係は、その明細書に明記されていないことが明らかである。したがつて、この点は、その従来技術を検討して認定するほかはないところ、従来技術における半田ガラスと内部導電性被膜との関係は、前述のとおりであるから、引用例における半田ガラスと内部導電性被膜とは接触していないものと認定するのが相当である。

もつとも、引用例の図面には半田ガラスと内部導電性被膜とが接触しているように記載されている。しかし両者が離隔していることは上記のとおりであるから、この記載は、引用例がもともと半田ガラスと内部導電性被膜との関係をあまり問題とせず、また半田ガラスと内部導電性被膜とが離れていることが当然であるため、概略的になされたものと解するのが相当であり、少くとも引用例の半田ガラスと内部導電性被膜との関係を接触したものに限定する趣旨のものとは到底解されない。

したがつて、半田ガラスと内部導電性被膜とを離隔するとの構成についても、本願発明と引用発明とは実質上同一であるということができる。

(3)’ なお、原告は、本願発明と引用例の発明との同一性を判断するにあたり、引用例に示されていない技術内容を取り込むことは許されない旨主張する。

しかしながら、発明の明細書および図面にはその発明があまり問題にしていない部分について概略的な記載にとどめ、場合によつてはその部分を省略することも往々にして見受けられる。したがつて、この発明を他の発明と対比する場合、概略的な記載ないし省略された部分は従来の技術によるものと推認してよいから、他の資料によつてこれを認定することは必要でもあり、また許されて然るべきである。

(3)  本願発明と引用例の発明との同一性について

発明は目的、構成、効果からなるものであることはいうまでもないが、二個の発明の同一性を判断するにあたつては、旧特許法第8条の立法趣旨が重複特許の排除にあることに照らし、二個の発明がその構成において実質上同一であれば、両発明は同一であると解してよい。けだし、発明の目的は発明者の主観的な課題であつて構成として客観的に表示されることによつて評価されるものである。また、効果は本来客観的なものであるが、明細書に記載された効果は、発明者が認識したもの、または発明の目的との関係で必要と考えたものだけに限られ、これまた主観的なものにすぎないからである。

前掲甲第2号証によれば、本願発明は半田ガラス部における電気的絶縁破壊を防止することを目的として内部導電性被膜を半田ガラスから離れさせていることが明らかであり、これに対し、引用例の発明は、半田ガラスによる封着の際、内部導電性被膜の電気的接続を自動的に完成させ、従来技術における封着後の内部導電性被膜の切れ目に導電性被膜を塗布する必要をなくすることを課題としたものであることは前に述べたとおりである。したがつて、両発明はその目的を異にすることが明らかであるが、その構成をみると、両発明が構成としては実質上同一であることは、上来述べてきたとおりである。また、その効果をみても、半田ガラス部における電気的絶縁は、引用例には記載されていないが、半田ガラスと内部導電性被膜との離隔という構成により当然に生ずべき自明の効果であるということができる。したがつて、両発明は、その目的を異にするが、実質上同一発明と解するのが相当である。

3. 以上の次第で、審決には原告の主張するような違法はないから、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟第89条、行政事件訴訟法第7条に則り、主文のとおり判決する。

(古関敏正 杉本良吉 宇野栄一郎は転任のため署名押印することができない。)

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